|
|
Master Killer
An Interview with Wing Chun grandmaster Lee Hoi-san Lai |

|
俳優になったきっかけ 映画業界に入ってもう30年以上経ちます。初めは俳優は本業ではなかったんですよ。当時、ティ・ロンとかデービット・チャンが監督をやり始めた頃、私はカンフーを教えていました。そこで彼らが私に出演する気はないか、と言ってきたのです。私は「私にできるのだろうか」と聞いたのですが、人それぞれだからやってみないことにはわからないとのことでした。また、もし興味があっても、役を演じるにはそれなりに鍛えなきゃならないと言われました。非常にきつい仕事なのでそれに耐えられるだけのタフさが必要なのだと。私は「カンフーの修行よりもきついものなのか?」と思い、引き受けたのです。それが私の役者キャリアの始まりです。
しかし、最初の数年間は俳優業がわたしの本当の職業だとは思っていませんでした。今、別の仕事をやっていて思うのですが、あれは趣味に近いですね。それに気づくのに30年かかったわけですけれども。
![]() 詠春カンフー 私が詠春カンフーを習い始めたのは遅い方です。カンフーにはとても興味があって、空手や柔道なんかも知っていました。 こんなことは言及すべきではないかもしれませんが、詠春カンフーのことを知った時、とにかくやってみたかったのです。 たとえ他の流派(形)の武術がすぐれていようとも。それから何十年と詠春カンフーをやっています。 実のところ、私が映画の中で本来の私自身のスタイルで動くことはほとんどないのです。撮影現場には必ず武術監督がいて、俳優はその監督の指示のもとに動かなければいけないからです。私が過去に演じてきた役でも、詠春カンフーの動きを求められたことはほとんどありませんでした。武術監督が動きをデザインし、俳優はただそれに従うのみなのです。ですから、詠春カンフーのスタイルを使うかどうかは私が決めることではないのです。 この仕事は始めた頃に武術監督たちによく言われたことがあります。「普段、人に武術を教えている指導者が武術監督とやっていけるんだろうか?武術監督の指示に従ってもらえないと大変だ」、と。 そこで私はこの世界に入ったのなら武術監督に従うべきだと誓ったのです。もし、普通の状況で遂行不可能なことがでてきたとしても、それは映画の中では可能なのです。だから武術監督に従わなけれないけないと思っていました。 北のスタイルか南のスタイルかなんて関係ありません。それは全く問題ではないのです。詠春カンフーの達人として さっきも言いましたが、その態度を改められるかは自分自身の問題なのです。私はショートブリッジの型(=Short Bridge Style、以下SBS)の専門家ですが、映画では最悪に映ります。映画撮影に適したものであるべきなのです。SBSは素早い動きが必要ですが、もし映画館の大きなスクリーンで見たら、SBSのような動きはスマートに見えないのです。 大きく流れるような動きの方が美しいし、観客にも受けるのです。ですので私は気にしていません。どちらかというと役柄そのものに集中しています。役の人格やスタイルをよく理解すれば、その役を表現するためにアクションを使えるのです。 「できない」というのは言い訳になりません。とにかく役者は監督に従うものなのです。武器の扱い 中国の武器は非常に扱いにくいものです。運良く、小さい頃私はやんちゃな子供だったので、専門のプロというわけではありませんが、ナイフとかピストルなどのおもちゃには慣れていました。特に曲がったり安定性のない武器の扱いが一番難しいです。例えばムチなどです。コントロールできるようになるためには、長い時間訓練が必要です。拳銃、ナイフや剣などはそれよりは簡単です。しっかり握ってさえいれば自分は安全ですから。よく拳銃を握り締めた俳優たちを目にすることと思います。拳銃などの使用は手首の柔軟さがポイントで、素早さがあれば難しくはありません。やわらかい武器を使うのが難しいのは、コントロールのしにくさなのです。跳ね返りなどの反動の距離も考えないといけません。自分自身を傷つけることにもなりかねませんから。悪役の影響 役を演じて唯一嫌なところは、街を歩いていて、たとえそれがオフの時であっても、敵意をむき出しにされたり怖がられたりするところです。「あの人は悪魔で嫌な人だから近づいたらだめだよ」なんて言われたりするんです。悪人を演じるとこのような扱いをされますよ。しかし、ある意味それもいいことなのかもしれません。私の演技がよかったということになりますから。本当に私が悪人だと思いますか?絶対に違いますよ。悪人を演じることもいいのですが、違った役にも挑戦してみたいです。![]() プロジェクトAについて この映画は撮影におよそ一年かかりました。ジャッキーの要求するものはとてもすごいことがありました。完璧でないとだめなんです。完璧にそして本物に見えるようにしなければならなかったのです。映画の撮影だけでなく安全性にも非常に気を遣っていました。彼はみんなに誤った印象を与えたかったし、実際にそうしました。彼のスタントはいつでも自然の動きでした。例えば、時計の針につかまっている場合、時計には長針と短針がありますので、もし短針がまわってしまったら、すべって長針をつかみますよね。そして片手で長針をつかんだままもう一方ので短針をつかもうとする。これが自然なアクションです。何かに掴まっていて、滑ったら、他のものをつかもうとするのは当然ですよね。ジャッキーは自然に見えるまでそのシークエンスをやったんです。現場でもスタントでもなんでも彼は全てに本気でした。だから撮影にも時間を要したのです。![]() ユン・ピョウ、サモ・ハン&ジャッキー ユン・ピョウはたいした男だと思います。ユンピョウ、サモ・ハン、ジャッキーにユン・ワー、あれ、ユン・ワーは違うかな(確かそうですよね?)、武術を共に学んだ兄弟だったんです。ユン・ピョウは年下で若かったのですが、本気で仕事をしていました。
サモ・ハンとジャッキーの二人は映画の製作に本当に熱心でした。本当のことを言うと、私はカンフーを身につけていますが、倒れたりジャンプするといった類のものは彼らから学んだのです。この仕事を始めて間もない頃のことで、記憶に残っていることがあります。武術監督が通称「八爺」、そう、ユエン・ウーピン監督の映画です。初めて倒れるというアクションをやったのですが、当然のことながらまだ素人同然でした。台湾の丘腹での撮影で、黄正利が私を殺すために追ってくるというシーンでした。私は跳んだり倒れたり転げまわったりしましたが、そのようなアクションには全く慣れていませんでした。しかし、経験を重ねればうまくなるだろう、練習の積み重ねだと思いました。ですので、ジャッキーやサモと仕事をするようになった頃にはだいぶ慣れていたのです。このような形のアクションに何の抵抗もありませんでした。カンフーも倒れることも違いはなく、言わば同じことなのです。最も重要なのは真剣にやっているかということなのです。私は真面目にやることが好きです。
![]() 今日のスタント 今日のスタントが昔と同じように素晴らしいとは言えません。危険性は減りました。昔の俳優たちは、言葉を借りれば、"きつい仕事"をしていたのです。今日の俳優たちには同じような大きな仕事はないからです。昔は納得するまでやったものです。今日のアクションシーンは短くなり、アクションをすることは容易です。昔のアクションシーンは本当にとても長かったのです。1つや2つの動きで「カット!」となる今のものとは違ったのです。全てを一度でやらなければならなかったのです。丘の上から丘の下まで降りていく場面では、カメラマンもカメラを抱えながら後を追いながら撮影していたのです。だからどんなことでもできたのです。しかし現在では細かにカットされたシーンを編集するでしょう。そこが私の言う違いなのです。映画中に死なれる役をよく拝見しますが.. それは問題ありません。もし映画の中で嘘っぽい演技をすれば、2度と起用してもらえません。輪廻転生でなければ、初めて出演した映画で死んだとしても、その何年後かに新しい役柄で映画に出演しますよね。ですので、私は観客が気にしているとは思いません。それに今ではたくさんの役者がいますし。昔はカンフーを使えるアクション俳優は数えるほどしかいなかったので、映画を作るとどうしても見たことのある顔ぶれになっていました。ですが、映画の中で死ぬ役を演じた者がまた映画に出演しても全く問題ないと思います。 私が皆さんに聞きたいくらいです。問題ありますでしょうか?-- 途中、未完成/作成中です。 --
あいさつ みなさんに言いたいのは私の見かけだけで判断しないでいただきたいのです。 恐ろしいですか?本当の私は実はとても礼儀正しくいい人間なのです。 そして映画を楽しんでいただけると嬉しく思います。もし不満な部分がありましたら、どこが悪かったのかを書いて送って下さい。ご意見は大歓迎です。ですが、私自身がが悪人とか悪魔であるなどの印象を真に受けないで下さいね。お願いします。 有難うございました。
こんなにいい人を悪魔なんて呼ばないであげて下さい!! 詠春カンフーのデモ 皆さん、今から詠春カンフーの型をお見せします。 詠春カンフーを学ぶならば避けては通れない基本の型で、シル・リム・タオというものです。
※その後、カメラの前で詠春カンフーを披露して下さっています。 |